樋口一葉の世界にようこそ  ここには樋口一葉の文学を知る上で貴重な作品が多数収録されています。 是非ご覧になり貴重な一様文学の神髄をお楽しみ下さい。
 ホーム 謝辞 関連リンク

www.bungaku.sakura.ne.jp/ichiyo/

収録作品
【1892年】
うもれ木
たま襷
闇櫻
五月雨
別れ霜
經つくえ
【1893年】
暁月夜
琴の音
雪の日
【1894年】
暗夜
花ごもり
大つごもり
【1895年】
うつせみ
たけくらべ
にごりえ
ゆく雲
雨の夜
月の夜
軒もる月
十三夜
【1896年】
あきあはせ
うらむらさき
この子
すゞろごと
わかれ道
われから
反古しらべ
さをのしづく




総ページ数 3

 うもれぎ    
 樋口一葉
 
 
   じよ
 
 一葉いちえふ女史ぢよしはおのれとおな園生そのふにありてはぎつゆにおほしたてられし下葉したはなりはぎ中嶋なかじまつねにいにしへぶりのしなたかきををしへえさとしたまへれど性来せいらいのすきこゝろによのみゝちかくぞく今様いまやう情態じやうたいをうつさばやのこゝろあつく去年こぞより武蔵野むさしのはあれどにげみづのしこはかとなくかくろひてさのみしるひともなかりしを、今度このたびいちふみとしてあずさにのぼせ、おほやけひやうをもひて、なほ此後こののちもこれにつくさんのれうにせまほしとておのれにそのよしはしかきしてよとこはれぬかゝるかたこゝろふかうものしたまへるをつねにしたしむつべるともにしあればことにうれしくてなほつがののいやつぎ/\にたゆむなく千枝ちえ八千枝やちえにしげりてたかきかげとなりあまはんことをかつはしゆくしてたゝ一言ひとことを                          
                                       田邊たつ子識
 
 うもれ                         
    一葉女史
 
 だい一回くわい
 
 ゑがだすや一穂すいふでさきに、五百羅漢ごひやくらかん十六│善神ぜんじんくう樓閣ろうかくをかまへ、おもひをくわいろうにめぐらし、三寸さんずん香爐かうろ五寸ごすん花瓶くわびんに、大和人物やまとじんぶつから人物じんぶつ元禄風げんろくふうなるもあれば、神代様じんだいやううづたかく、武者むしやよろひのおどしを工夫くふうし、殿上人でんじやうびと装束しやうぞく模様もやうらみ、ある帯書おびがきに華麗かれいをつくす花鳥くわてう風月ふうげつ、さてはきはむる高山かうざん流水りうすゐおもむところ景色けしきとゝのひて、濃淡のうたんよそほひなす彩色さいしきめう砂子ぼつちをらく素人目しろうとめに、あつと驚歎きやうたんさるゝほど、白身じしんおもしろからず、ふでさしおきてしば/\々なげく斯道しだう衰頽すいたい、あはれ薩摩さつまといへば鰹節かつをぶしさへはゞのきくに、さりとはちたり錦襴きんらん陶器たうき、おもひおこ天保てんぱうむかし、苗代川なはしろがわ陶工とうこう朴正官ぼくせいくわん其地そのち錦様にしきでたくみなきをたんじ、とし 十六の少年せうねんに、ふるおこ勇氣ゆうき干万丈せんばんぢやう奉行ぶぎやう藩廰はんちやうひ、たて二人にん教授けうじゆをむかへて、相傅さうでん法受はふじゆくしつ、なほ心膽しんたんをねるいく春秋しゆんじうあんせいのはじめうら陶場たうぢやうに、焼着やきつけ畫窯ゑがまりあゆ結果けつくわそうするまで、刻苦こつく艱難かんなんいくばくぞや、れがながれによくするの、美術びじゆつ奨勵しやうれい今日けふうまれはせながら、此處こゝ東京とうきやうにばかり二百ひやくあまる畫工のうち、天晴あつぱれみちおくきはめて、萬里ばんり海外かいぐわい青眼玉あをめだまに、日本にほん固有こいう技藝ぎげいめうせつけくれんのはらわたもつものなく、ふでなららへど、こゝろ小利せうり小欲せうよくのかたまり、とはなんまうぐちか、乃至ないし吉原よしはら洲崎すさきのちりからたつほう、品川しながはにもまたてられぬ代物しろものありと、くち三味線ざみせん筆拍子ふでびやうしに、なぐりきしての自慢顔じまんがほ兎角とかくかねなかに、いうでごるのめうさふらふのとところが、結局つまり仕切しき直段ねだんうへること、問屋とひやうけのもの一致いつちありがたしとは、そも何方いずこよりことばぞ、さればこそ賣國ばいこく奸商かんしやうどもに左右さいうされて、また直下ねさげまた直下ねさげげと、さらでものうでねぢられながら、無明むみやうゆめまだめもせず、れでははぬの割仕事わりしごとに、時間じかんいと費用いりめげんじて、十をもつて一にふる粗畫そぐわ濫筆らんぴつ、まだ昨日きのふ今日けふ具臺ぐだいすわりて、稽古けいこねふりの白雲しらくもあたまを、りこかして手傅てつだはするふちがきこしがきの模様もやう霞砂子かすみすなごみだれ砂子すなごみだきに、といふむぐひさるのぐ雑巾ざふきんよご同様どうやう、さりとはそゝがれぬはぢならずや、此儘このまゝならば今十いあmねんゆびをらぬに、いま》戸焼となりにをしめて、あらもの店先みせさきに、すなまみれにらんもれたものでなし、れほどのことのつかぬ、痴漢うつけばかりあるはずなけれど、ときいきほひは出水でみずつゝみれかけたもおなじこと、我等われらふせぎはとんと不得手ふえてづは高見たかみ見物けんぶつたうせいぞと、頬杖つらづゑつきて宙腰ちうごしの、ふら/\とせし了簡れうけんには自己おのれ/\々々が不熱心ふねつしんを、地震ぢしん雷鳴かみなりおなじみに心得こゝろえて、てんてんだと途方とはう途轍とてつもなき八つあたり、まとになる天道てんだうさまどくなり、りながられも道理ことわり蜻蜒洲せいていしういく十万まんかしらかずにくははりて、かまどけふり立居たちゐにまで、かしこき大御心おほみこゝろなやませたてまつる、かたじけなき心得こゝろえもせず、大日本だいにほん帝國ていこく名譽めいよといふことみくちやにしてはきだめのすみに、やうばちしらずが、其處等そこらあたりにめづらしからぬなかいきどほるほどくだなるべし、さりともれは觀念くわんねんあり、にぎめたるふで因果いんぐわ、よしきやうといはゞわらはゞわらへ、千萬せんまん黄金こがねつんでるともへぬこゝろうでにみがきて、輕薄けいはく浮佻ふてう才子さいし明治めいぢに、愚直ぐちよくあたひどれほどのもの、熱心ねつしん結果けつくわはいかに、斯道しだうしん那邊いずくにあるか、よし人目ひとめにはなにともよ、こゝろ満足まんぞくするほどのものつくりいだして、入江いりえ籟三らいざう變物へんぶつを、陶器たうき歴史れきしのこさんずもの、口惜くちをしや赤貧せきひんの、むなしくこゝろざしをいだひていく年間ねんかんこのまゝならば胸中きようちゆう奇計きけいなんむかつて何時いつゑがくべき、うらみはれぞほねまでのうらみぞと、りしむるみぎかひな手首たなくびぶる/\とふるへてえよはらわた熱洩ねつるいのみみつゝ悲憤ひふんこゑあらはさねど、れいふとなく慷慨かうがい先生せんせい仇名あだなして、酒席しゆせきうわさはづれぬかはり、しばのとたゝくものまれ/\々なれば、ともなく弟子でしなく女房にようぼうなく、おてふとよぶいもと相手あひてにして、此處こゝ高輪たかなは如來寺によらいじまへに、夕顔ゆふがほかきにからみやりのきにけふるわび住居すまゐ澁團扇しぶうちはえんのあるくらしをなしけり。
 
  第二だいくわい
 
  にすら、みぞあまるとく十六七を、ひんにくるしめばつきはなみななみだのたねおなじほどの少娘こむすめが、流行はやりおび新形染しんがたそめ裕衣ゆかたきて、姿すがたどこやらたほやかに、ればよくもなきかほだちも、三割さんわりとくの白粉しろいものぬりくり、幾度いくどじれたるくせなほしの、おかげにふくらむ鬢付びんつきたぼき、天晴あつぱ美人びじん招牌かんばんうつて、ちがひにかを香水かうすい追風おひかぜまで、ぱツとせし扮粧いでたち夕詣ゆふまうで、なにねがひぞ、かみさまさぞやおこまりの連中れんちうに、かへりみられてなりはづるとけれど、こゝろよからねばあらひざらしの裕衣ゆかたかたらずすぼめて小走こばしりするおてふらぶ縁日えんにち小間もまものみせもくれず、そゝぐは一心しんあにうへばかり、ねがひは富貴ふうきでなく榮華えいがでなし、なりこのうへ襤褸つゞれに、よしやなはおびしめよとまゝ、生涯しやうがいべきうん、あらば兄様あにさまにゆづりて、うでひかりのあらはるゝやう、みがくこゝろ満足まんぞくされるやう、二つにはおなぐわこうあなどがほするやつを、あにさまのまへ兩手りやうてつかせたく、佛壇ぶつだんのおかたに、お位牌ゐはいはくつけてしきがそも/\のねがひ、手内職てないしよく手巾はんけち問屋とんやおさむるあしそのまゝ、れいけんあらたかなりとひともいふ、白金しろかね清正せいしやうこう日参につさんの、こむるこゝろあににはげねど、かば畫筆ゑふでなげして、げい親切しんせつこゝろざしれまだ其方そなたおよばずとやはん、下向げかうはことにいへのことりて、こゝろあしもいそぐみちの、とある小路こうじおびたゞしきひとだち、喧嘩けんくわものとりかなににもせよ、側杖そばづゑうたれぬやつとけてとほる、おほくのひとそでのしたを、もれれてこゆるなみだごゑ、ふつとみゝまりてわれしらずさしのぞけば、あはれや五十あまりの老女らうぢよひんにもかぎりのなきものかな、れにくらべて今一いまばいあさましき有様ありさま、むかしは由緒よしあるひとしわめる眉目びもくどこかひんもあるを、不憫ふびんれが商賣あきなひの、何焼なにやきとかいふあかがねいた、うちわたせし屋臺やだいのかげにかしらすりつけてりかへすわびごと、相手あいて三十計ばかりひげむしやくしやと、るからがやつ大形おほがた裕衣ゆかたむねあらはにて、力足ちからあしふみてつみゝしひよとわめたつるは、いづかねかたきなか元來もと/\こんづくの、うまれながらにかほあかひしなかでもあるまじきに、はじめはおがみてうけたるおんへすことのらぬはこゝろがらならず、この社會しやくわい落入おちいりし右左みぎひだり不如意ふによいにて、約束やくそくせしこと束約やくそく(約束)のやうにもならねば、れとぢてこゝろならぬ留守るすつかひ、てはくなきうそに、一月ひとつきばし十五日ごにちぐせど、其揚句あげくさてなんともらず、つまりつまりては烏羽玉うばたまのやみのいへぬしのかきそと兩手りやうてはせてをがみながら、不義理ふぎり不名譽ふめいよ欠落かけおちもすめり、さてもこの老女らうぢよそのたぐひとおぼしく、四邊あたりはづかしくや小聲こごゑ言譯いひわけつはなみだながらのことばとて、首尾しゆびまつたくはきこえぬものの、あつめてさつすれば、むすめにやあらんつゑはしらのわづらひてるかの様子やうす本復ほんぷくさへなさばまたつくべきかたもあり、いま暫時しばしまちてたまはれと、あはれはらわたしぼりくすまなしげなこゑくおてふなみだもろのをんな、ましてやおなじやうくみてらぬこともなければ、なん人事ひとごとぎられず、さりとはをとこ聞譯きゝわけなさ、百圓ひやくゑんのかたに網笠あみがさなれど、この屋臺やたいおこせといふ、それられてはわたししとむすめ今日かふからべることりませぬお慈悲じひあはを、あれちをつた、くいやつにくいやつ自分じぶん手前てまへはさしてこま様子やうすく、だい/\々しい身躰からだつきのやまささうなに、あの老人としよりのしかも病人びやうにんかゝへて、困苦こんくさこそのさつしもきはおに夜叉やしやか、らばよこつらかねで張つて、美事老女救つてやり度きもの、夫れ處ではなきこの財布さいふそこはたけばとて、何に成る物でなし、口惜しや可愛かあいやと、おてふもだえするほど残念ざんねんがり、黒山くろやまひとじろりながめて、めて一人ひとり此中このなかあはれとひとありさうなものと、歎息たんそくする一刹那さつな、おてふかたさきるほどにして、猶豫いうよもなくずつといでをとこなにものとおもふまもなく、たけりたつ鬼男おにをとこまへふりあぐるひぢめて、かるくふくむせういろ、まづを呑まれて衆目のそゝぐ身姿は如何に、黒絽くろろ羽織はおり白地しろぢ裕衣ゆかたわざとならぬきんぐさり角帯かくおびはしかすかにせて、温和をんわ風姿ふうし優美いうびさうか、はれぬところ愛敬あいきやうもある廿八九のわか紳士しんし老女らうぢよかたかへりみさまことばつき叮寧ていねいに、わたくとほりすがりの來歴らいれきなにらねど、たかをんななり老人としより失禮しつれいはありち、あれ御覧ごらんぜよあのとほわびてもること、往來わうらいそのうちにもひと目口めくちうるさきに、洋刃さあべる厄介やつかい身分みぶんがら如何いかゞや、なんわたくしに此處こゝはな、もたせてはくださらぬかと、青柳あをやぎのいとやさしくれば、はてさて他人たにんらぬ口出くちだし、わびことばですむほどなら、我等われら今頃いまごろはずなり、まぬ次第しだいきゝたしとならばかせもせん、我等二われら月三つきげつ雨露あめつゆしのがせたこともあるだい恩人おんじん、その上に彼奴あやつめが口車くちぐるませられて、五圓ごゑんといふ大金たいきんしたは此方こつち商賣しやうばいづく、五一ごいち利息りそくはよしや天地てんちさかさまにもなれ、一人ひとり病人びやうにんにもせよ、まつつてやる約束やくそくもなければ、まけけてやるおぼえもなし、れになんぞやなきごとのかず/\"數々、地藏ぢざうかほ方圖はうづのあるもの、利足りそくかたにも不足ふそくなれど、何一なにつでもるがとく、この代物しろもの引取ひきとつてかんといふは、あま無理むりでもきつもりと、はなわらひげづらくし、わかをとこはから/\と高笑たかわらひして、なにぞとおもひしにかねですむことなりしか、さりとてはわけもなし、らぬ他人たにnはるれど、いづ四海しかい内輪うちわ同志どしかねへんと、紙入かみいぐつて五圓札一ごゑんさつ枚一まい圓一ゑんひとれではまだ/\御不足ごふそくならんが、内實ないじつあはせはりなり、なん雨露あめつゆしのがせるほどの大恩人おんじんさま、了簡れうけんしてはつかはされぬかと、あくまで柔和にうわよそほひながら、なとはゞあの純白じゆんぱくこぶし何處いこふるつて、あの髭男ひげをとこ微塵みぢんになるもれがたしと、芝居氣しばゑぎのある見物けんぶつさゝやき可笑し、をとこきさるやうに、かね懐中ふところにねぢんで、證書しようしよ幾通いくつう幾多いくたひとなみだの種を印刷いんさつにせし文言もんごん名當なあて、あれかれかとがしして、よしかたしかわたしましたぞ不足ふそくはゞまだ/\なれど、らぬにはれで算用さんようずみとすれば、老婆ばゝあめはたいしたまうけもの、親分おやぶん見付みつしてれから金借かねかりらるゝやら、人事ひとごとながら慈善家じぜんかすゑあんじられると、冷笑あざわらつはらもすそちりれいかへさずぢもせずひとかきけてのさりのさり、くての大地だいちけもせず、つまづくいしきも不審いぶかし、わかをとこ老女らうぢよぶるれいよくかず、なんの/\是式これしきのこと、つたればこそ、やくにもつたれ、くはれと其方様そなたさまづれかはらぬ難義なんぎふちしづみは浮世うきよつねに、おれい其方そなたさま大分限だいぶんげんになられしとき此方こなたより催促さいそくるまでは、おあづけのことおあづけのこと、はてのりをするほどこえてもらぬれもごめんなされと、とりすがる袖引そでひきはなして、優然ゆうぜんうしろかげ光明くわうみやう赫灼しやくやくとしてかがやくくとぞをがまれぬ。
 
  第三だいくわい
 
  歳十としさんあかつきより、繪筆ゑふでとりて十六年ねん一心しんみち入江いりえ籟三らいざう富貴ふうき浮雲ふうんむなしとれど、なほ風前ふうぜん塵一ちりつ、名譽めいよねがこゝろはらひがたく、三寸ずん胸中きようちう欲火よくくわつねにえて、たかかくるべき心鏡しんきやうくもりといふはれのみなり、さればとてひとこぶること、しやうをかへぬかぎりならぬたちれよりかしらぐること、金輪こんりん奈落ならくいやといふ一點てんばりに、頑物ぐわんぶつ名高なたかくなるほど、我慢がまん意地いぢ満身まんしんゆきわたりて、れられぬいよ/\々うしろきにこゝろをれこのうでなにがむか、一飛いつぴ得意とくいあかつきにはと、ひとかぬ大言たいげんはきて、わづかに熱膓ねつちやうやすものの、さて諸道しよだうのさまたげとふ、ひんよりほか伴侶はんりよのなきその得意とくいあかつきいつとかたん、彌勒みろく出世しゆつせらべてゝ甲乙かふおつものよとおもふに、口惜くちをしのねんむねをさして、まぶたはぬ夜半よはおほかり、ぬにけたるあさ、おく庭草にはくさつゆ亡師ぼうしのことふツとおもし、にはかに寺参てらまゐ仕度したくなり、垣根かきね夏菊なつぎく無造作むざうさりとつて、おてふ暫時しばしむるもかず、朝飯あさめしまへにいへいでけり、てら伊皿子いさらご臺町だいまちなればまでにはとほくもあら泉岳寺せんがくじわきの生垣いけがきあを/\々とせしなかぎて、打水うちみづすゞしく箒木目はきゝめのたつ細道ほそみちを、がらりざらりと百足むかで下駄げたちかられて、まつはる片裾かたすそうるさしと、くりぐるやからすねあらはに、なん見得みえもなく、小男こをとこおもさしみにくからねど、いろくろ/\"黒々とほねだちて、たかはなしまりしくちまなざしぎろりとあをすごく、沈鬱ちんうつしよう何處どこさびしく、こんさつ古手ふるてしろ兵児へこ姿すがた懐中ふところ建白書けんぱくしよ相應さうおうなれど、右手めて夏菊なつぎくはないろ流石さすがにやさしきところえけり、こゝろこつてには、うつるものもうつものみなそのいろほそづくりの格子戸かうしどまへに、米澤よねざわ數寄屋すきやはだつきうつくしきひとくろ繻子じゆすおびこしつきすつきりとして、芙蓉ふようおもて淡彩たんさい工合ぐあひ楊柳やうりうかみがけのこのみ、さてかなさてかな、このにすさむこゝろがけを陶畫たううわうへうつして、とも協力けふりよくともたしと、茫然ばうぜん自失じしつながめればあれ薄氣味うすきみるきひとと、にげこまれてれながら、りとめかんが馬鹿ばからしく、ふりむきもせず又五六また三歳みつばかりのをとこのちよろ/\といでしが、そでなし裕衣ゆかた模様もやうなにまがききくくづがたか、れよ今度こんど香爐かうろにあのまはしも面白おもしろかるべし、注文ちうもん龍田川たつたがはとか、なんうでくに、らぬ遠慮えんりよ究窟きうくつくさし、先師せんし言付いひつけよりほか他人たにん意見いけんいれたこと籟三らいざうひんせまつてぐるなどやなことなり、さりながら頑物ぐわんぶつあにゆゑに、人並ひとなみのこともせず、こめ味噌みそ醤油しやうゆつかはるゝおてふおもへば兄風あにかぜかされねど、ゆきあきらめてれる様子やうすれもなり、時運じうんめぐらば何時いつかははなくものよ、衡門かぶきもんくろぬりぐるま出入しゆつにふさせて、奥様おくさまあがめらるゝやうにるもはなし、鳴呼あゝその衡門かぶきもんよりは、天晴あつぱれれの人物じんぶつえらびてはせたきものと、なにがなしにあんじてふツとあふげば、いま想像そうぞう衡門かぶきもんに、篠原しのはら辰雄たつをといかめしき表札へうさつさて立派りつぱ住居すまゐかな、主人公しゆじんこうはどんなひと身分みぶんはいかに、愛國あいこくこゝろざししあるひとならば、日本にほん固有こいう美術びじゆつ不振ふしん畫工がこう疲弊ひへいじやうかば談合だんがふひざにもと、ゆめらぬひとのぞみをぞくす、狂氣きやうき沙汰さたこゝろもつかずれをおもひ、れをおもひ、何時いつとはしにさかのぼりぬ、寺門じもんくゞりれどおそうどの寐坊ねぼうにや、まだ看經かんきんこゑもなく、白然おのづから寂寞境じやくまくきやうに、あさかぜさつとまついて、にしみる心地こゝちなんともヘず、本堂ほんだうをめぐりて裏手うらて墓處ぼしよへと、手桶ておけらぶ阿伽井あかゐのもとをぎるとき入江いりえさましばしと呼止よびとめるこゑすこおぼえのとかへりれば、つか/\とつて、物言ものいはず大地だいぢりやうをとこ、あやしや何者なにものあきれてつ、あしもとにちゞめて、おわすれかたゞ人外じんぐわいわたくし、おことばくだされまじとか、正路しやうろ潔白けつぱくきみたいして、はすべき面貌おもてもなく、ことば出處でどころもなき失策しつさく後悔こうくわいしぬきし改心かいしん今日けふみづ辧解いひわけではなし、懺悔ざんげほろぼしたきつみのあらまし、いてたまはるひとほかになき相弟子あひでしのよしみむかしなじみ、きみかけてのおたのみと、かしらげずあやまてい領足えりあし美事みごとみゝうらに二つなら黒子ほくろそれなり姿すがたこそかはりたれ彼奴きやつ新次しんじめ、先師せんしこと寵愛ちょようあいにて、ゆくゆく養子やうしにもとほねられしを、生地きぢ注文ちうもんにと多分たぶんかね引出ひきだして、そのまゝの行方ゆくへしれず、臨終りんじうにもあはさぬ人非人にんぴにん今頃いまごろ此處こゝらを彷徨うろつくことくし、なnあひ失禮しつれい至極しごくと、生來せいらい疳癖かんぺき目尻めじりあらはれて、ふことくはみゝにもれず、たくなしおだまりりなされ、あひ弟子でしならば兄弟きやうだいぶんことありとがむることありむることあり、さりながらお前様まへさまなんでもなし、他人たにん他人たにんらず、入江いりえ籟三らいざう潔白けつぱくたつとの、ともともおふせらるゝな、なか/\々のみゝざはりなり、其處そこ退きてたまはれ、つゆをさながらこゝろざしの手向たむけのはなしをるゝも口惜くちをしければと、ことばすくなにぎるたもと、あわたゞしくづとひかへて、もつともながらうらめしきおことばたまとがたまへ、つみつてるしきうへ折檻せつかんしもとにもはゞ、かへつて本懐ほんくわいなるを、てゝ顧見かへりみ他人たにんきのおふせ、むかしの入江いりえさま今日けふ入江いりえさま、お人替ひとかはりしか、お心二こゝろつか、われいままでの目違めちがひか、きみ先師せんし形見かたみとみて、改心かいしんじつ謝罪しやざいじやうも、きみつてあらはしねがひ、さりとは畫餅ぐわぺいのおことばかなと、なかばいはさずふりかへる籟三らいざう、だまれと一とこゑ鬱憂うついうのこりたるあまりり、ものあらばあたらん破裂はれついきほひ、くchびるぶる/\とふるへて生來せいらい訥辯とつべんいよ/\とつに、おの新次しんじ人非人にんぴにんおんしらず義理ぎりらずみちしらず、おのれがつみむるはらず、れを批難ひなんするか、れを批難ひなんするか、籟三らいざうむかしもいまも、正義せいぎ公道こうだうんで、一歩あやまおぼえなき、どこのいづなん欠點けつてんかんかんと、眼尻まなじりきり/\とつて、おのれちう不義ふぎやつも、先師せんし寵愛ちようあいあまりには、そのつみつゝまれて、ものわればかり、れ一とたびはじとさだめて十年ねんちかく、このくちひらかねばこそをの安穏あんをんに、月日つきひひかをがむは庇護かげたのまれずとも折檻せつかんしもと此處こゝにあり、墓前ぼぜん手向たむけんこゝろざしの、このはなつに不思議ふしぎもなし、打手うつて籟三らいざう精神せいしん先帥せんし口惜くちをしくばにしみよほねにしみよとつゞち、菊花きくくわなげつけて、白眼にらみつむるうちかんきたれるしんていむかしながらの美顔びがん今一いまそうひんそなへて、あはれ好男子かうだんしじろぎもせず、まぶたにあふるゝ後悔こうくわいなみだ眉宇びう慙愧ざんきじやう此人このひと先師せんしあいせしひとれに謝罪しやざいおもみしひとくむが本義ほんぎか、つるがみちか、とばかりまよつて判斷はんだんむねうやむやにときしづかにかしらげていづ一通ひととほり、けばあやまりたり短慮たんりよ軽忽けいこつ<