樋口一葉の世界にようこそ  ここには樋口一葉の文学を知る上で貴重な作品が多数収録されています。 是非ご覧になり貴重な一様文学の神髄をお楽しみ下さい。
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収録作品
【1892年】
うもれ木
たま襷
闇櫻
五月雨
別れ霜
經つくえ
【1893年】
暁月夜
琴の音
雪の日
【1894年】
暗夜
花ごもり
大つごもり
【1895年】
うつせみ
たけくらべ
にごりえ
ゆく雲
雨の夜
月の夜
軒もる月
十三夜
【1896年】
あきあはせ
うらむらさき
この子
すゞろごと
わかれ道
われから
反古しらべ
さをのしづく




総ページ数 3

 別れ霜               
 樋口一葉
 
      第一囘
  荘子そうしてふゆめといふ義理ぎりまこと邪魔じやまくさしぎはまではとひきしむる利慾りよくこゝろはかりには黄金こがねといふおもりつきてたからなき子寶こだからのうへもるゝ小利せうり大損だいそんいまにはじめぬ覆車ふくしやのそしりも梶棒かぢぼうにはこゝろもつかずにぎつてはなさぬ熊鷹くまたか主義しゆぎ理屈りくつはいつも筋違すぢかひなるうち神田かんだ連雀町れんじやくてうとかや、ともさへづりのかしましきならで客足きやくあししげき呉服店ごふくてんあり、くちよければ仕入しいれあたらしく新田につためうそのまゝ暖簾のれんにそめて帳塲ちやうば格子がうしにやにさがるあるじの運平うんぺい不惑ふわくといふ四十そじうをとこあかがほにしてほねたくましきはうす醤油じやうゆうきすかれひそだちてのせちがらさなめこゝろみぬわたりの旦那だんなかぶとはおぼえざりけり、つまはいつごろなくなりけん、形見かたみむすめたゞ一人ひとりおやぬを鬼子おにことよべどとびんだるおたかとて今年ことし二八にはちのつぼみの花色はないろゆたかにしてにほひこまやかに天晴あつぱたうだい小町こまち衣通そとほりひめと世間せけんさぬも道理だうりあらかぜあたりもせばあの柳腰やなぎごしなにとせんと仇口あだぐちにさへうはされて五十ごとう稻荷いなり縁日えんにち後姿うしろすがたのみもはいたるわかものは榮譽えいよ僥倖ぎやうかううへやあらん卒業そつげふ試験しけん優等いうとうそようなにのものかは國曾こくくわい議員ぎいん椅子いすにならべて生涯しやうがいぼうひとつにかぞへいるゝ學生がくせいもありけり、さればこそひとたびたるはおどかれふたゝたるはかしらやましく駿河臺するがだい杏雲堂きやううんだう其頃そのころ腦病なうびやう患者くわんじやおほかりしことひとつに此娘このむすめ原因もととは商人あきうどのする掛直かけねなるべけれどかく其美そのびあらそはれず、姿形すがたかたちのうるはしきのみならでこゝろざまのやさしさなさけふか絲竹いとたけみちけたるうへ瀧本たきもとながれをみてはしりがきうるはしく四書ししよ五經ごけいかど/\”々しきはわざとさけて伊勢いせげんのなつかしきやまとぶみ明暮あけくれ文机ふづくゑのほとりをはなさず、さればとて香爐かうろはうゆきみすをまくの才女さいぢよめきたるおこなひはいさゝかも深窓しんそうはるふかくこもりて針仕事はりしごとによしやう本分ほんぶんつく心懸こゝろがけまこと殊勝しゆしやうなりき、いへ孝順かうじゆんなるはいでかならず貞節ていせつなりとか、これが所夫をつとあふがれぬべくさだまりたるは天下てんか果報くわほう一人ひとりじめ前生ぜんしやう功徳くどくいかばかみたるにかとにもひとにもうらやまるるはさしなみの隣町となりまち同商中どうしやうちゆうしにられし松澤まつざは》儀右衛門ゑもん一人ひとり息子むすこ芳之助よしのすけばるゝ優男やさをとこちぎりはふか祖先そせんえんかれてかし一人子ひとりこ同志どうし、いひなづけのやく成立なりたちしはおたかがみどりの振分ふりわけがみをおたばぼんにゆひむるころなりしとか、さりとてはながかりし年月としつき、ことしは芳之助よしのすけもはや廿歳はたちいま一兩年いちりやうねんたるうへおほやけつまとよびつまばるゝぞとおもへばうれしさにむねをどりて友達ともだちなぶりごともはづかしく、わざとらずかほつくりながらもくれなゐわれしらずおほ袖屏風そでびやうぶにいとゞこゝろのうちあらはれて今更いまさらきたきこともありひとみぬひまの手習てならひ松澤まつざはたかとかいてまた塗隠ぬりかくすあどけなさ利發りはつえても未通女おぼこなりおなこゝろ芳之助よしのすけごとしとくちにはいへど歳月としつきはわがためゆづるたゆみしやうにおぼえてかしらすほどのまどろかしさよ、高殿たかどのつき夕影ゆふべわかつはいつぞとしのび、はなしたふむつゆのあしたならぶるつぶさ胡蝶こてふうらやましくようにかこつけてをり/\々のとひおとづれ、餘所よそながらる花のおもてわがものながらゆるされぬ一重垣ひとへがきにしみ/\“とはものいひかはすひまもなく兎角とかくうらめしき月日つきひなりひまこまかたちもあらば手綱たづなむちあげていそがさばやとまでおもわたりぬ、されどもてん美人びじんんで美人びじんめぐまずおほくは良配りやうはいざらしむとかいへり、彌生やよひはなかぜかならずさそひ十五夜じふごやつきくもかゝらぬはまことにまれなり、覺束おぼつかなしや才子さいし佳人かじんかがなべて合歓がふくわんはいつかべき、あし分船わけぶねのさはりおほなればこそおやにゆるされにゆるされかれねがこれひよしやしんのうかがへばとてぬばたまかみ一筋ひとすじさしはさむべきひまえぬをもし此縁このえにしむすばれずとせばそは天災てんさいへんか。
 
       第二囘
 
  ろうしよくのぞむは人情にんじやうつねなるかも、ひやくいたればせんをとねがせんにいたればまたまんをと諸願しよぐわんやすときなければこゝろつねやすからず、つら/\おもへば無一物むいちぶつほど氣樂きらくなるはあらざるべし、大抵たいてい五十年ごじふねんさだまつたいのちさう黄金こがねもつくるはせるわけにはかず、花降はなふがくきこえて紫雲しうん來迎らいがうするあかつきには代人料だいにんれうにてこと調とゝのはずとはたれもかねてれたるはなしつる千年せんねんかめ萬年まんねん人間にんげん常住じやうぢういつも月夜つきよこめめしならんをねがかりにも無常むじやうくわんずるなかれとは大福だいふく長者ちやうじやるべきひと肝心かんじん肝要かんえうかなめいしかたつてうごかぬところなりとか、そも松澤まつざわ新田につたらが祖先そせんきこえしは神風かみかぜ伊勢いせひとにてつと大江戸おほえどこゝろざしてゝせり呉服ごふくるかげもなかりしよりろくけん間口まぐちくろぬり土藏どざうときのまに身代しんだいたちあがりてをとこ二人ふたりうちあに無論むろんいへ相續あとゝりおとゝには母方はゝかたたえたるせいおこさせて新田にちたとは名告なのらすれど諸事しよじ別家べつけかくじゆんじてしゝ々孫そん/\々の末迄すゑまで同心どうしんけふりよくことしよあひ隔離かくりすべからずといふ遺旨ゐしかたく奉戴ほうたいしてよゝ々交まじはりをかさねしが當代たうだい新田につたのあるじはいへにつきて血統ちすぢならず一人娘ひとりむすめ入夫にふふなりしかばあひおもふのこゝろふかからずかつにのみはし曲者くせものなればかねては松澤まつざわ隆盛りうせいをたのみてあやにかけたる許嫁いひなづけのえにしおやなりなり同舅あひやけ同士どしなり不足ふそくしなあらばたまへと彼方かなたにばかり親切しんせつつくさして引入ひきいれしすくなからず塞翁さいをうがうまきことして幾歳いくとせすぎし朝日あさひのかげのぼるがごといまさかゑみな松澤まつざわ庇護かげなるものから咽元のどもとすぐればわするゝあつさかく對等たいとう地位ちゐいたればうへこぶうるさくりてひとりつく/\”あんずるやうほう十町じつちやうへだてぬところどう商業しやうげふいとなむがうへれは本家ほんけとて世のもちひもおもかるべくわれとて信用しんよううすきならねど彼方かなたしちえきあるときこゝにはわづかにさんのみいへ繁榮はんえい長久ちやうきうさく松澤まつざわきにしかずつはむすめ容色きりようすぐれたればこれとてもまたひとつの金庫かねぐら芳之助よしのすけとのえにしえなばとほちあゆかど地面ぢめん持参ぢさんむこもなきにはあらじ一擧いつきよ兩得りやうとくとはこれなんめりとおもこゝろむすめにも同氣どうきもとむる番頭ばんとうかんぞうにのみわつかせば横手よこてつて賛成さんせい主従しゆじゆう日夜にいやひたひをあつめてその方法はうはふかうたりき、ときなる哉松かなまつざははさるとし商法しやうはふじやうの津がふ都合に新田につたより一時いちじれし二千にせんばかりかねことしはすで期限きげんながら一兩年いちりやうねんひきつゞきての不景氣ふけいき流石さすが老舗しにせ手元てもとゆたかならずこと織元おろもとそのほかにも仕拂しはらふべきかねいとおほけれは新田につた親族しんぞくあひだがらなりかつ是迄これまでかたよりたてかへしぶんすくからねばよもや事情じじやううちあけて延期えんきはゞゆるさじとひもすまじ他人たにん内兜うちかぶとすかされ機械きかい仕掛じかけのあやつり身上しんじやうまつざはももうくだざかよとはやされんは口惜くちをしくなる新田につた後廻あとまははら織元おりもとそのほかありがね大方おほかたとりあつめて仕拂しはらひたるうはさこそみゝよりのことなれと平生ひごろねらひすませしまとなたより延期えんきをいひさぬに、きつはなしてきふ催促さいそく言譯いひわけすべきほどもなくたちま表向おもてむきの訴訟そしよう沙汰さたとはれりけるもと松澤まつざは數代すだい家柄いへがら信用しんようあつければきん/\々千せんせんかね何方いづかたにても調達てうたつ出來できべしと世人せじんおもふは反對うらうへにて玉子たまご四角しかくまだ萬國ばんこく博覽曾はくらんかいにも陳列ちんれつ沙汰さたをきかねど晦日みそかつきなかk十五夜じふごややみもなくてやはおく朦朧もうろうのいかなる手段しゆだんありしか新田につた畫策くわくさくきはめてめうにしていさゝかの融通ゆうづうもならず示談じだんはばやと奔走ほんそうせしかどそれすらも調とゝのはずして新田につた首尾しゆびよくかちせい凱歌かちどきこゑいさましく引揚ひきあげしにそれとかはりて松澤まつざは周章しうせう狼狽らうばいまこと寐耳ねみゝみづ騒動さうどうおどろくといふひまもなくたくみにたくみし計略けいりやくあらそふかひなく敗訴はいそとなりいへくらのみか數代すだいつゞきし暖簾のれんまでもみなかれがしたればよりおちたる山猿やまざる同様どうやうたのむ木蔭こかげ雨森あまもり新七しんしちといふ番頭ばんとう白鼠しろねづみ去年きよねん生國しやうこくかへりしのち十露盤そろばんだま筆先ふでさき帳尻ちやうぢりつくろふ溝鼠どぶねづみのみなりけん主家しゆか一大事いちだいじ今日こんにち申合まをしあはせたるやうに富士見ふじみ西さいぎやうきめ見返みかへるものさへあらざれば無念むねんなみだ手荷物てにもつにしてのみゆぁしきつま戀坂こひざかした同朋どうぼうてうといふところ親子おやこ三人みたり雨露あめつゆしのぐばかりのいへりてからひざをばれたりけり、うみならずやまならぬ人世じんせい行路かうろなんいまはじめておもあた淵瀬ふちせことなる飛鳥川あすかがは明日あすよりはなにとせん、もと富家ふかひととなりて柔弱じうじやくにのみそだちしれとおぼえしげいもなく十露盤そろばんりならへどものあたりしことなければときようにはちもせずしてくらへばむなしくなる山高帽子やまたかぼうし半靴はんぐつ明日きのふかざりしまはりもひとりふたニつりはては晦日みそか勘定かんじやうさへむねにつかふるほどにもなりぬ。
 
       第三囘
  
  一人並いちにんみなをとこになりながらなん腑甲斐ふがひない車夫しやふ風情ふぜいにまで落魄おちぶれずとものことほかやうのあらうものをと大言たいげんきしむかしこゝろはづかしさよれがこのんで牛馬ぎうばかはりにあぶらあせながし塵挨ぢんあいなかめぐるものぞ仕様しやう模様もやうきはてたればこそはぢ外聞がいぶんもないまぜにからめててたのつまり無念むねん残念ざんねん饅頭笠まんぢうがさのうちにつゝみてまゐりませうとこゑひくすゝめるこゝろいらぬとばかりもぎどうにひとそれはまだしもなりうるさいはとしかりつけられて我知われしらずあとじさりする意久地いくぢなさまだしもこほる夜嵐よあらし辻待つじまち提燈ちやうちんえかへるまであんじらるゝは二親ふたおやのことなりれぬ貧苦ひんくめらるゝと懐舊くわいきうじやうのやるかたなさとが老體らうたいどくになりてやなみだがちにおなじやうなわづらひ方それも御尤ごもつともなりわれさへ無念むねんはらわたおさまらぬものをむねさけるほどにも思召おぼしめすなるべしにくきは新田につたなりうらめしきは運平うんぺいなりよしやをすすりしゝむらをつくすともあきた■るべきやつならずとひえこほこぶしにぎりつめて當處あてどもなしににらみもしつおもかへせばそれも愚痴ぐちなりうらみはひとうへならずれにをとこらしき器量きりやうあらばほどまでにはきゆうしもすまじアヽとたんずればいきしろくえて夜風よかぜやぶ屏風びやうぶうち心配しんぱいになりて絞つて歸るからぐるま財布さいふのものゝすくなほど苦勞くらうのたかのおほくなりてまたぐ我家わがやしきゐたかさ、アヽおかへりかと起返おきかへはゝ、おとつさんは御寝げしなツてですかさぞ不自ふじいう御座ございましたらうなにもおかはりは御座ございませんかと裏問うらとこゝろきずもつあし、オヽおまへ留守るす差配さはいどのがえられてといひさしてしばたゝくまぶたつゆ白岡しらをか鬼平きへいといふ有名いうめい無慈悲みじひもの悪鬼あくき羅刹らせつよと蔭口かげぐちするはしぶ團扇うちはえんはなれぬ店子たなこども得手えて勝手がつて家賃やちん奇麗きれいはらひて盆暮ぼんくれ砂糖さたうぶくろあましるさへはし置かばぐる目尻と諸共に眉毛まゆげによぶ地藏ぢぞうがほにもゆべけれど、いまうへにはにくくし剛慾がうよくもの事情じじやうあくまでりぬきながららずかほ烟草たばこふか/\あやまりあればこそたゝみひたひほりめて歎願たんぐわん吹出ふきいだすけむりして、言譯いひわけきくみゝはなし家賃やちんをさめるかたなけるかみちふたつぞ何方どちらにでもなされとぽんとはたく其煙管そのきせるうちわつてやりたいつらがまち目的もくてきなしに今日けふまでとべしはぢう/\々此方こなたわるけれど母上はゝうへとらへてなにいひつたかおみゝれまいとおもへばこそさま/\”々の苦勞くらうもするなれさらでもの御病氣ごびやうきにいとどおもさをへたやうなものはてこまつたとひはせで低頭うつむこゝろ思案しあんにくれぬ、差配さはいどのがえられてとはゝことば繰返くりかへしてなにわけらねどいまぐに此家こゝ一寸いつすん猶豫ゆうよもならぬとそれは/\にもかゝれぬだんじやうおまへにも料簡れうけんあることゝやうやうにいひべてかへりますまでたのんではいたれどマアどうしたらからうかあんしててくだされと小聲こごゑながらもおろ/\なみだあんじなされますなどうにかなります今夜こんや大分だいぶけましたから明日あしたさう/\》々出向でむきまして談合はなしあひをつけませうナニすこしの行違ゆきちがひでそれほどのことでは御座ございませんとおやにまでいつはるとはさてものちのよおそろしゝ、ぬにくる夜明よあがらすもこうときて反哺はんぽをしへへとなるものを生甲斐いきがひなや五尺ごしやく父母ふぼおんになれずましてや暖簾のれんいろむかしにめかへさんはさてきて朝四てうし暮三ぼさんのやつ/\しさにつく/\”浮世うきよいやになりて我身わがみてたきをり/\々もあれど病疲やみつかれし兩親ふたおや寝顔ねがほさしのぞくごとにわれなくばなんとしたまはんもつたいなしとおもかへせどくはなみだ藥鍋くすりなべした炭火すみびとろ/\とがち生計くらしとて良醫りやういにもかゝられねばす/\おもこゝろぐるしさよおもへばてんかみほとけ我為わがためにはみなあだいまこの場合ばあひすぐしにするとはなんこと新田につたこそ運平うんぺいこそ大悪人だいあくにん骨頂こつちやうなれむすめばかりはよもやとおもへどそれもこれもこゝろまよひか姿すがたこそことばこそやさしけれうりつるらぬ茄子なす父親てゝおやおなこゝろになつていま我身わがみ愛想あいそきて、人傅ひとづの文一通ふみそれすらもよこさぬとは外面げめんによ菩薩ぼさつ内心ないしんはあれもによ夜叉やしやめ。(■は「あきた」の下に「食」を置く)
 
      第四囘
 
  他人ひとはとまれおまへさまばかりはたかこゝろ御存ごぞんじとおもうたはそらだのめかなさけないおことばまへさまとえんきれて生存ながらへるわたし思召おぼしめすかうらみをまをさばそのこゝろうらみなりとゝさま悪計わるだくみそれおあそばすにおこたへのことばもなけれどそのくやしさもかなしさもおまへさまにおとることかは人知ひとしらぬ家具やぐゑり何故なにゆゑにぬるゝものぞなみだいろのもしあらば此袖このそでひとつにおうたがひはれやうもの一つ穴のけものとはあまりのおほせつもりても御覽ごらんぜよつながれねどかごとりおなじこと風呂屋ふろやくも稽古けいこごとも一人ひとりあるきゆるされねば御目おめにかゝるおりもなくふみあげたけれど御住所おところたれひもならずこゝろにばかりないないりましたを薄情はくじやうもの義理ぎりしらずとおしくるめてのおことば道理だうりなれど御無ごむなり此身このみひとつにとががあらばたれもせんかれもせんひざともといふ談合だんがふ相手あいてあそばしてよとなみだながらひかへるそでするどはらつておたかどのことばばかりはうれしけれど眞實まことやらなにやらこゝろまで芳之助よしのすけあいにくたず父御てゝごこゝろ大方おほかたれてあり斐性ひしよなしのいやになりてえんちどがさに計略けいりやく三昧ざんまいかゝりし我等われらわなのうちのけものうつわらはるゝはづなんなみだ化粧つくりがはげてはどくなりうし乗換のりかへるうまきはなしない/\々はることならんを家藏いへくら持参ぢさん業平なりひらをとこたまかほ我等われらづれにもつたいなしお退きなされよたくもなしとつれなしやうしろむきにくらしきことかぎならべられても口惜くちをしきはそれならずけぬこゝろにあらはれぬむねうらめしく君様きみさまこそはなんとも思召おぼしめすましけれどものごゝろ其頃そのころよりさま/\“のこと苦勞くらうにしてだしなみものまなれかれかおりたやかれまじとこゝろのたけは君様きみさまゆゑ使つかはれてかたときやすおもひもせずお友達ともたちあそびも芝居しばゐきもおきらひとれば大方おほかたことわりいうて僻物ひがものわらはれしはれのためをさなあそびのむかしらずむつまじきなかにもはづかしさがたてりておもふことおもふままにもいはざりしをあさこゝろ思召おぼしめすか假令たとひどのやうなことあればとてあだびとなんのその笑顔わらひがほせてならうことかはやまほどのうらみもくるすぢあれば詮方せんかたなし君様きみさま愛想あいそつきての計略たくみかとはおことばながらあまりなりおやにつながるゝつみおなじと覺悟かくごながら其名そのなばかりはゆるしたまへよしや父様とゝさまにどのやうなおにくしみあればとてかはらぬこゝろわたしこそ君様きみさまつまなるものをなにとげ/\しい他人たにんあしらひきこえぬおこゝろやといひたさをおさゆるなみだそできてモシとめれば振拂ふりはら羽織はおりのすそエエなにさるゝ邪魔じやまくさしわれはおまへさまの手遊てあそならずおとぎになるはうれしからず其方そなた大家たいけ娘御むすめごひまもあるべしその日暮ひぐらしの時間じかんもをしくれぞ相手あいてをおさがしなされとふりはらへばまたすがりよしさまそれは御眞實ごしんじつかと見上みあぐるおもてにらみかへしてうそいつわりはおまへさまなどのなさること義理ぎり人情にんじやうのあるならよもやとおも正直しやうぢきからいぬ同様どうやうひとでなしにをかまれて暖簾のれんはぢれゆゑぞもとたゞせば根分ねわけのきく親子おやこなからぬといふ道理だうりはなしよしらぬにせよるにせよそれはそな御勝手ごかつてなり仇敵かたきつまにもせられずよめにもすまじふこともなしくこともうらみつらみをならてなば力車ちからぐるまうしあせなんせきれるものかははぬがはなぞおまへさまはさかりのはるめきたまふはいまなるべしこもかぶりながら見送みおくらんとことば叮嚀ていねい氣込きごめあらくきり/\とひしばりてぐる眉根まゆねおそろしく散髪さんぱつなゝめにはらひあげてしろおもてにくれなゐいろさしもやさしきつねにはめればふりきるそでたもとまづいましばしとびつうらみつりつく手先てさきうるさしと立蹴たちげにはたと蹴倒けたふされはつとこゑれとわがみゝりてかへるは何處いづこ部屋へやりかゝる文机ふみづくゑ湖月抄こげつせふこてふのまき果敢はかなくめてまたおもひそふ一睡いつすゐゆめ夕日ゆふひかたぶくまどすだれかぜにあほれるおとさびし。
 
       第五囘
 
  おめづらしやおたかさま今日けふ御入來おいで如何どういふかぜふきまはしか一昨日をとゝひのお稽古けいこにも其前そのまへもおかほつひにおせなさらずお帥匠ししやうさまもみなさまも大底たいていでないおあんがないちにちうはさしてをりましたとうれしげに出向でむか稽古けいこ朋輩ほうばい錦野にしきのはなばれて醫學士いがくしいもと博愛はくあい仁慈じんじきこえたかきあに見眞似みまね温厚おとなしづくり何某なにがし學校がつかう通學生つうがくせいちゆう萬緑ばんりよく叢中さうちう一點いつてんくれなゐたゝへられてあがりの高髷たかまげ被布ひふ扮粧でたち廿はたしての肩縫かたぬひあげ可愛かあいらしき人品ひとがらなりおたかさまらんなされ老人としよりなきいへらちのなさあにあにとてをとここと家内うちのことはとんと棄物すてものわたし一人ひとりつもふもほんにほこりだらけで御座ございますとわらひていざな座蒲團ざぶとんうへおかまひあそばすなとしづごゑにおたかうやむやのむね關所せきしよたれにうちけん相手あひてもなし朋友ともだちむつまじきもあれどそれは春秋はるあきはな紅葉もみぢつゐにしてかんざし造物つくりものならねど當座たうざ交際つきあひ姿すがたこそはやさしげなれ智慧ちゑ宏大くわうだいくは此人このひとすがりてばやとこれもをさなさりながら姿すがたれぬはひとこゝろわらひものにされなばそれもはづかしなにとせんとおもふほど兄弟きやうだいあるひとうらやましくなりてお兄様にいさまはおやさしいとかおまへさまうらましとくちるれば花子はなこすこみをふくんでこればかりはわた幸福しあはせさりとて喧嘩けんくわするときもあり無理むり小言こごといはれまして腹立はらだふこともあれどあとさきもなし生海なまのやうなとわらはれます此頃このごろ施療せれうひまがなうて芝居しばゐもと御無沙汰ごぶさたそのうちにおさそまをしますあにはおまへさまをといひかけてわらことばなにとしらねどおほどこしとはお情深なさけぶかことさぞかし可哀かあいさうのも御座ございませうとおもふことあればさつしもふか花子はなこ煙草たばこきらひときゝしがかたはら煙管きせるとりあげて一服いつぷくあわたゞしくおしやりつそれはもうさま/\”ツイ二日ふつかばかりまへのこと極貧ごくひん裏屋うらやものなんざんくるしみましてあに手術しゆじゆつ母子ふたりとも安全あんぜんではありましたれど赤子あかごせるものがないとかきませば平常つねこゝろ承知しようちがならずとほしてはり仕事しごとるものふたつかはしましたと得意顔とくいがほ物語ものがたとくかげなるこそよけれとかきゝしがあやしのことよと疑ふむね相談さうだんせばやのこゝろえぬ花子はなこさま/\”の患者くわんじやはなしに昨日きのふ往診みなひ同朋町どうぼうちやうとやらしやとけばつゆたがはぬ様子やうすなりそれほどまでにはよもやとおもへどまさしくならばなんとせん實否じつひくはしくきたしとおもへどとがむるこゝろことばつまりて應答こたへなにやらうろうろになりぬおたかさまゆるりなされいまあにもどりまするまづそれよりはおけたきもの往日いつぞやお話しまをせしあに秘藏ひざう晝帖ぐわでうイヱおまへさまに御覽ごらんるゝにめられこそすれなにとして小言こごとくことではなしお待遊まちあそばせよともてなしぶりことばなめらかのひととてなか/\々にかへしもせずえだえだそふものがたり花子はなこいとゞ眞面目まじめになりてまをしてはをかしけれどおまへさまはお一人ひとりわたとてもあにばかりをんな同胞きやうだいもちませねばさびしさはおなじことなにかにつけて心細こゝろぼそ御不足ごふそくかはらねどいもと思召おぼしめしてよとそこにものあることば