樋口一葉の世界にようこそ  ここには樋口一葉の文学を知る上で貴重な作品が多数収録されています。 是非ご覧になり貴重な一様文学の神髄をお楽しみ下さい。
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収録作品
【1892年】
うもれ木
たま襷
闇櫻
五月雨
別れ霜
經つくえ
【1893年】
暁月夜
琴の音
雪の日
【1894年】
暗夜
花ごもり
大つごもり
【1895年】
うつせみ
たけくらべ
にごりえ
ゆく雲
雨の夜
月の夜
軒もる月
十三夜
【1896年】
あきあはせ
うらむらさき
この子
すゞろごと
わかれ道
われから
反古しらべ
さをのしづく




 

総ページ数 4

 われから
 樋口一葉
 
 
   (一)
 
  霜夜しもよふけたるまくらもとにくとかぜつまひまよりりて障子しようじかみかさこそ....おとするもあはれにさびしき且那だんなさまおん留守るす寝間ねま時計とけいの十二をつまで奥方おくがたはいかにするともねぶことくていくたびがへりすこしはかん氣味きみにもなれば、らぬ浮世うきよのさま/\”より、旦那樣だんなさま去歳こぞ今頃いまごろ紅葉館おうようかんにひたとかよひつめて、自分じぶんはかくしたまへども、他所よそ行着ゆきぎのおたもよりぬひとりべりの手巾はんけちつけしたるときくさ、さん/\”々といぢめていぢめて、いぢいて、れからはけつしてかぬ、同藩どうはん澤木さわぎ言葉ことば..たがへぬるとも、この約束やくそくけつしてたがへぬ、堪忍かんにんせよと謝罪あやまつておあそばしたるとき氣味きみのよさとては、つきごろつかへがりて、むねのすくほどうれしうおもひしに、またかや此頃このごろをりふしのお宿とまり、水曜會すゐようくわいのお人達ひとたちや、倶楽郡くらぶのお仲間なかまにいたづらな御方おかたおほければ、れにかれておのづと身持みもちわるたまふ、しゆまじはればといふことはなのお師匠ししやうくせにしてせどもほんにあれはうそならぬことむかしはのやうに口先くちさきかたならで、今日けふ何處どこ幵處そこ藝者げいしやをあげて、此様このやう不思議ふしぎおどりたのと、おなかのよれるやうな可笑をかしきことをば眞面目まじめりておつしやりしものなれども、今日けふ此頃このごろのおひとるさ、くいほどお利口りこうことばかりおあそして、わたしのやうな世間せけんずをばひらんでまるめて、れはれはおさどころいおかた、まあ今宵こよひ何處どこへおとまりにて、昨日あすはどのやうなうそいふておかへあそばすか、ゆふかた倶樂部くらぶ電話でんわをかけしに、三時ごろにおかへりとのことまた芳原よしはら式部しきぶがもとへではきか、れも縁切ゑんきりとおつしやつてから五年ねん旦那様さんなさまばかりがわるいのではうて、暑寒しよかんのおつかいものなど、くらしい處置しよちをしてせるに、おこゝろがつひかれて、おのづとあしをもたまふ、ほん商賣人しようばいにんとてくらしいもの次第しだいにおもふことおほくなれば、いよ/\かねて奥方おくがた縮緬ちりめん抱巻かいまきうちはふりて郡内ぐんない蒲團ふとんうへ起上おきあがたまひぬ。八疊でう座敷ざしき六枚まい屏風びやうぶたてゝ、おまくらもとには桐胴きりどう火鉢ひばちにお煎茶せんちや道具どうぐ烟草たばこぼん紫檀したんにて朱羅宇しゆらう烟管きせるそのさま可笑をかしく、まくらぶとんの派手はで模様もやうよりまくらふさくれなひもつねこのみの大方おほかたあらはれて、蘭奢らんじやにむせぶやのうち燈籠あんどうだいひかりかすかなり。
  奥方おくがた火鉢ひばち引寄ひきよせて、のありやとこゝろみるに、よひ小間使こまづかひがまいらせたる、櫻炭さくらなかばはひりて、よくもおこさでけつるはくろきまゝにてえしもあり、烟管きせる取上とりあて一二服ふくけふりをいてみゝつればをりから此室こゝのきばにうつりて妻戀つまごひありくねここゑ、あれはたまではるまいか、まあこの霜夜しもよ屋根やねづたひ、何日いつかのやうなかぜひきにりてくるしさうなのどをするのでらう、あれもぱりいたづらもの烟管きせるいてたちあがる、女猫めねこよびにと雪灯ぼんぼりうつ平常ふだん八丈ぢよう書生しよせい羽織ばをりしどけなくひきかけて、腰引こしひきゆへる縮緬ちりめんの、淺黄あさぎはことにうつくしくえぬ。
  むにつめめたきいた引裾ひきすそながくゑんがはにでゝ、用心口ようじんぐちよりかほさしいだし、たまよ、たまよ、と二タこゑばかりんで、こひくるひてあくがるゝ主人しゆじんこゑ聞分きくわけぬ。
  にしむようななまめかしいこゑ大屋根おほやねかたへといてく。ゑゝことかぬわがまゝものめ、うともおすてぜりふひてこゝろともなくにはるに、ぬばだまやみたちおほふて、もの黒白あやめかぬに、山茶花さゞんか垣根かきねをもれて、書生しよせい部屋べやひまよりわづかにひかりりのほのめくは、おゝ、まだ干葉ちばぬさうな。
  用心口ようじんぐちしてお寝間ねまもどたまひしが、再度ふたゝびつてお菓子くわし戸棚とだなのびすけつとのびんとりいだし、お鼻紙はながみうへけておしひねり、雪灯ぼんぼり片手かたてゑんいづれば天井てんぜうねづみがた/\とれて、いたちにてもりしかきゝ..といふこゑものすごし。しるべの燈火ともしびかげゆれて、廊下らうかやみおそろしきをれし我家わがやなにともおもはず、侍女こしもと下婢はしたゆめ最中たゞなかに、おくさま書生しよせい部屋へやへとおはしぬ。
  おまへはまだないのかえ、と障子しやうじそとからこゑをかけて、奥様おくさまずつとたまへば、室内うちなるをとこ讀書をとこつむりおどろかされて、おもひがけぬやうにあきかほをかしう、おくさまわらふてたまへり。
 
   (二)
 
  つくえりふれの白木作しらきづくりにしろ天竺てんぢくをかけて、くわん工場こうばものゝ筆立ふでたてにしんとう小楷しようかいの、栗鼠毛りつそもうの、ペンも洋刀ないふも一ツにれて、くびけたかめ水入みづいれに、あか墨汁いんきびんがおしならび、みがきのはこれもとりて、割據かつきよつくえうへりかゝつて、いままで洋書ようしよひもとゑたは年頃としごろ二十歳はたちあまり三とはるまじ、丸頭まるあたま五分刈ぶがりにてかほながからずかくならず、眉毛まゆげくて黒目くろめがちに、一體たい容顔きりようほうなれども、いかにもいかにもの田舎風いなかふう午房縞ごぼうじま綿入わたいれれにろんなくしろ木綿もめんおびあを毛布けつとひざしたに、まへこゞみにりて兩手りようてかしらをしかとをさへし。
  おくさまは無言むごんにびすけつとをつくえうへせて、おまへふかしするならるやうにしてさむさのしのぎをしていたらからうに、わかしはみづつて、おと言つたら螢火ほたるのやうな、よくれでさむいのう、お節介せつかいなれどわたしがおこしてりませう、炭取すみとり此處こゝへとおつしやるに、書生しよせいはおそれりて、何時いつ無精ぶせういたしまする、まうしわけことでと有難ありがたいを迷惑めいわくらしう、炭取すみとりをさしいだして、れは中皿ちうざらもゝつた姿すがた、これはわたし蕩樂たうらくさとおくさますみつぎにかゝられぬ。
  自慢じまんじる親切しんせつ螢火ほたるび大事だいじさうにはさげて、てしすみうへにのせ、四邊あたりの新聞みつ四つにりて、すみほうよりそよくとあほぐに、いつしかれよりれにうつりて、ぱち/\とおといさましく、あほひら/\とへて火鉢ひばちふちのやゝあつうなれば、おくさまはのやうなはたらきをでもあそばしたかのやうに、千葉ちばもおあたりとすこおしやりて、今宵こよひけてさむものをと、指輪ゆびわのかゝやくしろ指先ゆびさきを、藤編とあみの火鉢ひばちふちにぞけたる。
  書生しよせい千葉ちばいとゞしうおそりて、これはうも、これはとかしらげるばかり、故郷こきやうりしときあねなるひとはゝかありて可愛かわゆがりてれたりし、其折そのをり其頃そのころありさまをおもおこして、もとより奥様おくさま派手はでつくりに田舎いなかものゝ姉者人あねじやひとがいさゝかたるよしはけれど、中學校ちうがくかう試験しけんまへ夜明よあかしをつゞけしころこのやうなことふて、このやうな處作しよさをして、其上そのうへには蕎麥掻そばがきの御馳走ごちそう、あたゝまるやうにとふてれしときありし、なつかしき其昔そのむかし、有難ありがたきはいま奥様おくさまなさけと、平常へいぜい世話せわりぬることさへ取添とりそへて、いかかたもすぼまるばかりかしこまりてるさまを、おくさまさむさうなと御覧ごらんじて、おまへ羽織はをりはまだ出來できぬかえ、なかたのんで大急おほいそぎに仕立したてゝもらふやうにおこのさむ綿入一わたいれつで辛棒しんぼうのなるはづい、かぜでもいたらうおだ、本當ほんとう身體からだいとはねばいけませぬぞえ、此前このまへ原田はらだといふ勉張べんきようものが、ぱりまへとほけてもれても紙魚しみのやうで、あそびにもかなければ、寄席一よせかうでもなしに、それはそれは感心かんしんはふかおそろしいほどで、特別とくべつ認可にんか卒業そつげう間際まぎはまできずなしにつてのけたを、しいことにお前、腦病のうびやうつたではからうか、國元くにもとからはゝさんをんで此處こゝいへ二月つき介抱かいほうをさせたのだけれど、ひにはなになにやら無我無中むがむちうになつて、おもしてもなさけない、はゞ狂死きようしをしたのだね、わたしれをゆゑ勉強家べんきようかける、懶怠なまけられてはこまるけれど、わづらはぬやうにこゝろがけておれ、けておまへ一粒物つぶものおやなし、兄弟きようだいなしとうではいか、千葉家ちばけふて大黒柱だいこくばしら異状おじやうつては立直たてなほしが出來できぬ、さうではいかと奥様おくさまくらべてへば、はツ、はツ、とこたへてことばかりき。
  奥様おくさま立上たちあがつて、わたし大層たいそう邪魔じやまをしました、それならばるべくはややすむやうにおわたしつてるばかりの身體からだやへああいだことさむいとて仔細しさいはなきに、かまひませぬかられをておいで遠慮ゑんりよをされるとくゝなるほどに、何事なにごとだまつて年上としうへこともの奥様おくさますつとお羽織はおえいをぬぎて、千葉ちば背後うしろより打着うちきたまふに、人肌ひとはだのぬくみ氣味きみわるく、麝香じやこうのかをり満身まんしんおそひて、おれいなにといひかぬるを、よう似合にあふのうとわらひながら、雪灯ぼんぼりにして立出たちいでたまへば、蝋燭ろうそくいつか三分ぶんの一ほどにりて、軒端のきばたかがらしのかぜ
  
  (三)
 
  落葉おちばたくなるけふりすゑか、れかあらぬかふゆがれの庭木立にはこだちをかすめて、裏通うらとほりの町屋まちやかた朝毎あさごとなびくを、金村かなむら奥様おくさまがお目覺めざめめだとひとわるくちの一つにかぞへれども、習慣ならはしおそろしきは朝飯前あさはんまへの一風呂、これのまでははしもとられず、一日怠ることのあれば終日ひねもす氣持きもちたゞならず、物足ものたらぬやうにるといふも、ひとみゝにはしやもの蕩樂だうらくられぬべきこと其身そのみりてはまことせんなきくせをつけて、今更いまさら難義なんぎおもときもあれど、召使めしつかひのひと/\”々心こゝろ命令いひつけなきに眞柴ましばをりくべ、お加減かげんよろしう御座ござりますと朝床あさどこのもとへげてれば、しませうと幾度いくたびおもひつゝ、なほあひかはらぬ贅澤ぜいたくの一つ、さなごれたる糠袋ぬかぶくろにみがきあげいづれば、さら化粧けしょうしらぎく、れも今更いまさらやめられぬやうなになりぬ。
  としはゞ二十六、おくざきこづゑにしぼむころなれど、扮装おつくりのよきと天然てんねんうつくしきと二つあはせて五つほどはわかられぬるとくせう、お子様こさまなきゆゑ、と髪結かみゆひとめひしが、あらばいさゝか沈着おちつくべし、いまだにむすめこゝろせで、金歯きんばれたる口元くちもとに、い、い、子細しさいらしく數多あまた奴婢ひとをも使つかへども、旦那だんなさますゝめて十軒店けんだな人形にんぎやうひにくなど、一家つまのやうにはく、お高祖こそ頭巾づきん肩掛かたかけひきまとひ、良人つまきみもろとも川崎かはさき大師たいし参詣さんけいみちすがら停車場ていしやば群集ぐんしゆに、あれは新橋しんばしか、何處どこのでらうとさゝかれて、奥様おくさまともはれぬるながられをあさからずうれしうて、いつしかこのみも其様そのやうに、一つは容貌きりようのさせしわざなり。
  目鼻めはなだちよりかみのかゝり、ならびのところまでたとはおろ母様はゝさまそのまゝのうまれつき、奥様おくさま父御てゝごといひしは赤鬼あかおにの與四らうとて、十年ねん以前まへまではものすごいひからせておはしたるものなれど、ひと生血いきちをしぼりたるむくひか、五十にもらで急病きうびやう腦充血のうじうけつ一朝あさ此世このよぜいをさめて、よしや葬儀さうぎ造花つくりばな派手はで美事みごとおくりはするとも、つぢつてひとつまはぢきをされて後生ごせういかがとおもはるゝやうなりし。
  此人このひとはじめは大藏省おほくらしやう月俸八圓げつぽう頂戴ちようだいして、はげちよろけの洋服ようふく毛繻子けじゆす洋傘かうもりさしかざし、たいをりにもくるまぜいはやられぬなりしを、一念ねん發起はつきして帽子ぼうしくつつてて、今川橋いまがはばしきは夜明よあかしの蕎麥掻そばがきをそめころいきほひは、千鈞きんおもきをひつさげて大海たいかいをもおどえつべく、かぎりのひとしたいておどくもあれば、いのしゝ武者むしやむかず、やがてもとつてなさけなき様子やうすおもはるゝと後言しりうごつありけらし、須彌しゆみいでたつあしもとの、その當時はじめことすこしいはゞや、いばらにつらぬくつゆたまの與四らうにもこひありけり、幼馴染おさなゝじみつま美尾みをといふがらにあはせて高品かうひんうつくしき、そのとし十七ばかりなりしをてんにもにも二つなきものさゝちて、役處やくしよがへりのたけかはひとにはしたゝれるほどしめつぽき姿すがた後指うしろゆびさゝれながら、つままつつらん夕烏ゆふがらすこゑ二人ふたりともぜんさいものふてるやら、あさがけに水瓶みづがめそこ掃除さうぢして、一日手桶てをけたせぬほどの汲込くみこみ、貴郎あなたひるだきで御座ございますとへば、おいとこたへてこめかしをけはかすほどのろさ、くておはらば千歳ちとせうつしきゆめなかすぎぎぬべうぞえし。
  さるほどに相添あひそひてより五年目ねんめはるうめころのそゞろあるき、土曜日どえうび午後ごゞより同僚二どうりよう三人にんうちつれちて、葛飾かつしかわたりのうめ屋敷やしきまわかへりは廣小路ひろこうぢあたりの小料理こりようりやに、さけふかくはのまたちなれば、淡泊あつさり仕舞しまふて殊更ことさら土産みやげをり調とゝのへさせ、ともには冷評ひようばん言葉ことばきながら、一人ひとりわかれてとぼ/\と本郷ほんごう附木店つけぎだな我家わがやもどるに、格子戸こうしどにはしまりもなくして、うへへあがるに燈火ともしびはもとよりのこと火鉢ひばちくろりてはいそところ/\々とすさまじく、まだ如月きさらぎ小夜嵐さよあらしひきまどの明放あけはなしよりりてことえがたし、いかなるゆゑともおもはれぬに、洋燈らんぷ取出とりいだしてつく/\”と思案しあんるれば、物音ものおときゝつけて壁隣かべどなり小學せうがく教員けふいんつま、いそがはしくおもてよりまわて、おかへりになりましたか、新造しんぞ先刻さきほど、三時すぎぎでも御座ござりましたろか、お實家さとからのおむかひとて奇麗きれいくるまえましたに、留守るす何分なにぶんたのむとおつしやつてそのまゝおかけになりました、おくばりにおいでなされ、おいてまするからと忠實まめ/\しう世話せわかるゝにも、不審ふしんくもむねうちにふさがりて、ういふ様子やうすのやうなことをいふてきましたかともひたけれど悋氣りんきをとこ忖度つもらるるも口惜くちをしく、れはいろ/\々御厄介ごやつかいりました、わたしもどりましたからは心配しんぱいなくお就蓐やすみくだされと洒然さつぱりといひてとなりつまかへしやり、一人ひとりさびしく洋燈らんぷひかりりに烟草たばこひて、いま/\々しき土産みやげをりねづみべよとくゞなはのまゝ勝手元かつてもと投出なげいだし、其夜そのよとこりしかども、さりとは肝癪かんしやくのやるなく、よしや如何いかなる用事ようじありとても、れなき留守るす無斷むだん外出ぐわいしつ殊更ことさら家内かないあけはなしにして、れがひとつま仕業しわざかとおもふに、あまりのことむねくやうにりぬ。
  くれば日曜にちえう終日ひねもすてもとがむるひとし、まくら相手あひて芋虫いもむし眞似まねびて、おもて格子こうしにはでうをおろしたまゝ、ひとへどもおともせず、いたづらに午後四ごゞといふころなりぬれば、くるまかどまりてやさしき駒下駄こまげたおときこゆるを、ろんなくれとはれどもらぬかほ虚寝そらねつくれば、美尾みを格子こうしおして、これは如何いかことでうがおりてあるとひとごとをいつて、隣家となりまつ垣根かきねひて、水口みづぐちかたへと間道かんだうりぬ。
  昨日きのふ午後ごゞより谷中やなかかゝさんが急病きゆびやう癪氣しやくけ御座ござんすさうな、つよく胸先むなさきへさしみまして、一時はとてもこのものではるまいとふたれど、お醫者いしやさまの皮下注射ひかちうしややらなにやらにて、何事なにごとおさまりのつき、今日けふひとでおちようずにもかれるやうになりました、みぎ譯故わけゆゑ手間てまどり、昨日きのふうちまするときも、がわく/\して何事なにごとおもはれず、あとにておもへばしまりもけず、庭口にはぐちはなして、さぞかし貴郎あなたのおおこあそしたことではかつたなれど、病人びやうにん見捨みすてゝかへこともならず、今日けふこのやうにおそくまでりまして、何處どこまでもわたしわろ御座ござんするほどに、このとほ謝罪あやまりますほどに、うぞゆるあそばして、いつものやう打解うちとけたかほせてくだされ、機嫌きげんなほしてくだされとぶるに、さては左様さうかとすこれて、れならば其様そのやうに、なze何故はがきでもよこしはせぬ、馬鹿ばかやつがとしかりつけて、母親はゝおや無病むびやう壮健そうけんひととばかりおもふてたが、しやくといふははじめてか。とむつましうかたひて、與四らう何事なにごと秘密ひみつありともらざりき。

  

  
 

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  樋口一葉収録作品 (アイウエオ順)
  【ア行】
暁月夜 (1893年) 
あきあはせ (1896年) 
雨の夜 (1895年) 
うつせみ (1895年) 
うもれ木 (1892年) 
うらむらさき (1896年) 
大つごもり (1894年) 
【カ行】
經つくえ (1892年) 
琴の音 (1893年) 
この子 (1896年) 
【サ行】
五月雨 (1892年) 
さをのしづく (1896?年) 
十三夜 (1895年) 
すゞろごと (1896年) 
【タ行】
たけくらべ (1895年) 
たま襷 (1892年) 
月の夜 (1895年) 
【ナ・ハ行】
にごりえ (1895年) 
軒もる月 (1895年) 
花ごもり (1894年) 
反古しらべ (1896年) 
【ヤ・ワ行】
闇櫻 (1892年) 
暗夜 (1894年) 
雪の日 (1893年) 
ゆく雲 (1895年) 
別れ霜 (1892年) 
わかれ道 (1896年) 
われから (1896年)