樋口一葉の世界にようこそ  ここには樋口一葉の文学を知る上で貴重な作品が多数収録されています。 是非ご覧になり貴重な一様文学の神髄をお楽しみ下さい。
 ホーム 謝辞 関連リンク

www.bungaku.sakura.ne.jp/ichiyo/

収録作品
【1892年】
うもれ木
たま襷
闇櫻
五月雨
別れ霜
經つくえ
【1893年】
暁月夜
琴の音
雪の日
【1894年】
暗夜
花ごもり
大つごもり
【1895年】
うつせみ
たけくらべ
にごりえ
ゆく雲
雨の夜
月の夜
軒もる月
十三夜
【1896年】
あきあはせ
うらむらさき
この子
すゞろごと
わかれ道
われから
反古しらべ
さをのしづく




 

総ページ数 2

 やみざくら
 樋口一葉
 
 
   上
 
  へだては中垣の建仁寺にゆづりてくみかはす庭井にはいの水の交はりの底きよく深く軒端のきはのきはに咲く梅一本ひときに両家の春お見せて薫りも分ち合ふ中村園田と呼ぶ宿あり園田の主人あるじ一昨年おととしなくなりて相続は良之助廿二の若者何某学校なにがしの通学生とかや中村のかたには娘只一人男子おとこもありたれど早世そうせいしての一粒ものとて寵愛ちようあいはいと手のうちの玉かざしの花に吹かぬ風まづいとひて願ふはあし田鶴たづよはいながゝれとにや千代となづけし親心にぞ見ゆらんものよ栴檀せんだん二葉ふたは三つ四つより行末さぞと世の人のほめものにせし姿の花は雨さそふ弥生やよひの山ほころび初めしつぼみに眺めそはりて盛りはいつとまつの葉ごしの月いざよふといふも可愛らしき十六歳の高島田にかくるやさしきなまこしばりくれないは園生にうえてもかくれなきもの中のお嬢さんとあらぬ人にまでうはさる美人もうるさきものぞかしさても習慣こそ可笑おかしけれ北風の空にいかのぼりうならせて電信の柱邪魔じやまくさかりしむかしは我も昔と思へど良之助お千代に向ふときはありし雛遊びの心あらたまらず改まりし姿かたち気にとめんとせねばとまりもせでりようさん千代ちいちやんと他愛もなき談笑だんせうに果ては引き出す喧嘩の糸口いとぐち最早もう来玉きたまふな何しにんお前様こそのいひじらけに見合みあはさぬ顔も僅か二日目昨日は私が悪るかりし此後このごはあの様な我儘いひませぬ程におゆるし遊ばしてよとあどなくもびられて流石さすがにおかしくけではあられぬ春の氷いや僕こそが結局なりいもといふもの味しらねどあらばくまで愛らしきか笑顔ゆたかに袖ひかへて良さん昨夜ゆふべは嬉しき夢お見たりお前様が学校お卒業なされて何といほ役か知らず高帽子立派たかぼうしに黒ぬりの馬車にのりて西洋館せいやうくわんに入り給ふ所おといふ夢は逆夢さかゆめぞ馬車にでも曳かれはせぬかと大笑おほわらひなれば美しき眉ひそめて気になる事おつしやるよ今日の日曜は最早何処もうへもおで遊ばすなと今の世の教育うけた身に似合にあはしからぬことばも眞実大事に思へばなり此方こなたへだてなければ彼方あちらに遠慮もなくくれ竹のよのうきと云ふ事二人ふたりが中には葉末はずえにおく露ほども知らず笑ふて暮らす春の日もまだ風寒き二月半なかば梅見てんと夕暮ゆふぐれ摩利支天まりしてん縁日えんにちつらぬる袖もあたたかげに。
  良さんお約束のもの忘れてはいやよ。
  あ大丈夫忘すれやあしなひしかしこつと何だつけねへ。
  あれだものおかけにもあの位願つておいたのに。
  さうさうおぼえて居る八百屋やおやお七の機関からくりが見たいと云つたんだつけ。
  あら否嘘いやばつかり。
  それぢやあ丹波たんばの国から生捕いけつた荒熊でございの方か。
  うでもようございますよわたしは最早帰もうりますから。
  あやまつた今のはみんな嘘何うして中村の令嬢千代子君ともいはれる人がそんな御注文おなさらう筈がない良之助たしかにうけたまはつて参つたものは。
  ようございます何もりません。
  さう怒つてはこまる喧嘩しながら歩行あるくと往来の人が笑ふぢやあないか。
  だつてあなたが彼様あん事許ことばつかしおつしやるんだもの。
  それだからあやまつたと云ふぢやないかさあ多舌しやべつて居るうちに小間物屋のまへは通りこして仕舞しまつた。
  あらまあどうしませうねへさきにもありますか知ら。
  どうだかぞんしませんたつた今何も入らないと云つた人は何処に。
  最早もうそれはいひつこなしとめるも云ふも一と筋道横町すじみちかたに植木は多しこちへと招けば走りよるぬり下駄の音からころり琴ひく盲女ごぜは今の世の朝顔か露のひぬまのあはれ、あは水飴みづあめめしませとゆるく甘くいふ隣にあつ焼の塩せんべいかたきおむねとしたるもおかし。
  千代ちいちやん鳥渡見玉ちよつとへ右から二番目のお。
  はあの紅悔がい事ねへと余念なく眺め入りしうしろより。
  中村さんと唐突とうとつに背中たかれておやと振り返へれば束髪そくはつ一群むれ何と見てかおむつましいこと無遠慮の一言ごんたれが花の唇おもれしことばか跡は同音どうおんの笑ひ声夜風に残して走り行くお千代ちいちやんあれは何だ学校の御朋友おともだちか随分乱暴な連中だなあとあきれて見送る良之助より低頭うつむくお千代は赧然はなしろめり昨日きのふ何方いづかたに宿りつる心とてかはかなく動きめては中々にえも止まらずあやしや迷ふぬば玉の闇色なき声さへ身にしみて思ひづるに身もふるはれぬ其人恋しくなると共に恥かしくつましく恐ろしくかく云は笑はれんかく振舞はいとはれんと仮初かりそめ返答いらへさへはかばかしくは云ひも得せずひねる畳の塵よりぞ山ともつもる思ひの数々逢ひたし見たしなどあらはに云ひし昨日きのふの心は浅かりける我が心我ととがむればお隣とも云はず良様とも云はず云はねばごそくるしけれ涙しなくぱと云ひけんから衣胸ころものあたりの燃ゆべく覚えてよるはすがらに眠られずおもひに疲れてとろとろとすれば夢にも見ゆる其人の面影優しき手にそびらお撫でつ何お思ひ給ふぞとさしのぞかれ君様さまゆえと目元までうつつの折の心ならひにいひもでずしてうつむけば隠し給ふは隔てがまし大方おほかたは見て知りぬれゆえの恋いぞうらやましとくや知らずかほのかこち言余ごとよの人恋ふるほどならぱ思ひに身の痩せもせじ御覧ぜよやとさし出す手おかろく押へてにこやかにさらば誰おと問はるに答へんとすれぼあかつきの鐘枕にひびきて覚むるほかなき思ひ寝の夢鳥がねつらきはきぬの空のみかは惜しかりし名残に心地常ここちならず今朝けさとせしぞ顔色わろしと尋ぬる母はその事さらに知るべきならねど面赤かほあからむも心苦し昼は手ずさびの針仕事にみだれその乱る心縫ひとめて今は何事も思はじ思ひてなるべき恋かあらぬか云ひ出して爪はじきされなん恥かしさには再びあはす顔もあらじいもとおぼせばこそ隔てもなく愛し給ふなれつひのよるべとさだめんにいかなる人おとか望み給ふらんそは又道理なり君様きみさまが妻と呼ばれん人姿はあめしたの美お尽して糸竹文芸いとたけぶんげいそなはりたることおこそならべて見たしと我すら思ふに御自身は尚なるべし及ぶまじきこと打出うちだして年頃の中うとくもならば何とせんそれこそは悲しかるべきお思ふまじあだし心なく兄様あにさまと親しまんによも憎みはし給はじよそながらも優しきおことばきくばかりがせめてもぞといさぎよく断念あきらめながら聞かず顔の涙頬につたひて思案のより糸あとに戻どりぬさりとては其のおやさしきが恨みぞかし一向ひたすらにつらからばさてもやまんお忘られぬは我身の罪か人のとがか思へば憎きは君様きみさまなりお声聞くもいや御姿おすがた見るもいや見れば聞けば増さる思ひによしなき胸おもこがすなる勿体もつたいなけれど何事まれお腹立ちて足踏あしぶみふつになさらずば我れも更らに参るまじ願ふもつらけれど火水ひみづほどなかわろくならばなかに心安かるべしよし今日よりはお目にもからじものもいはじお気に障らばそれが本望ぞとて膝につきつめし曲尺ものさしゆるめると共に隣の声お其の人と聞けば決心ゆらゆらとして今までは何お思ひつる身ぞ逢ひたしの心一途になりぬさりながら心は心の外に友もなくて良之助が目に映るもの何の色もあらず愛らしと思ふ外一点のにごりなければ我恋ふ人世にありとも知らず知らねば憂きお分ちもせず面白きこと面白げなる男心おとこごころの淡泊なるにさしむかひては何事のいはるべき後世のちのよつれなく我身うらめしく春はいづごぞ花とも云はで垣根の若草おもひにもえぬ。
 
  下
 
  千代ちいちやん今日は少しほうかへと二枚折の屏風べうぶ押し明けて枕もとへ坐る良之助にだせし姿恥かしく起きかへらんとつく手もいたく痩せたり。
  寝て居なくてはいけないなんの病中びようちゆうに失礼も何もあつたものぢやあないそれとも少し起きて見る気なら僕に寄りかつて居るがいといだきき起せば居直いなおつて。
  りようさん学校が御試験中だと申すではございませんか。
  あ左様さう
  それにわたしの処へばつかし来て居らしやつてよろしいんですか。
  そんな事まで気にするには及ばない病気の為にわるいから。
  だつてうもすみませんもの。
  すむのすまないのとそんなこと気にするより一日も早く癒くなつてれるがい。
  御親切に難有ありがたうございますですが今度は所詮しよせんなほるまいと思ひます。
  又馬鹿なことお云ふよそんな弱い気だから病気がいつまでも癒りやあしない君が心細こころぼそひ事お云つて見たまへ御父おとつさんやおつかさんがどんなに心配すろか知れません孝行な君にも似合はない。
  でもくなる筈がありませんものと果敢はかなげに云ひて打ちまもるまぶたに涙は溢れたり馬鹿な事おと口には云へどむづかしかるべしとは十指じつしのさす処あはれや一日ひとひばかりの程に痩せも痩せたり片靨かたえくぼあいらしかりしほうの肉いたく落ちて白きおもてはいとどき通る程に散りかかる幾筋の黒髪緑はの緑ながら油けもなきいたいたしさよ我ならぬ人見るとても誰かははらわたえざらん限ぎりなき心のみだれ忍艸しのぶぐさ小紋こもんのなへたるきぬきて薄くれないのしごき帯前に結びたる姿今いま幾日見いくひらるべきものぞ年頃日頃片時かたときはなるるひまなく睦み合ひしうちになど底の心知れざりけんちいさき胸に今日までの物思ひはそも幾何いくばく咋日きのふの夕暮お福が涙ながら語るお聞けば熱つよき時はたえず我名お呼びたりとか病のもとはお前様と云はるるも道理なり知らざりし我恨めしくもらさぬ君も恨めしく今朝見舞ひしとき痩せてゆるびし指輪ぬき取りてこれ形見とも見給はば嬉しとて心細げに打ちみたる其心今少そのこころし早く知らばくまでには衰へさせじおと我罪恐ろしくうちまもれば。
  りようさん今朝の指輸はめて下さいましたかと云ふ聲の細さよ答へは胸にせまりて口にのぼらず無言にさし出す左の手お引き寄せてじつとばかり眺めしが。
  わらはと思つて下さいと云ひもあへずほろほろとこぼす涙其そのまま枕に腑伏しぬ。
  千代ちやんひどく不快わるくでもなつたのかい福や藥お飲まして呉れないか何うした大変顔色がわろくなつて来たおばさん鳥渡ちよとと良之助が聲に驚かされて次の間に祈念きねんおこらせし母も水初穂取みづはつほりに流し元へ立ちしお福も狼狽敷枕元あわただしくにあつまればお千代閉ぢたる目お開らき。
  りようさんは。
  良さんはお前の枕元にそら右の方においでなさるよ。
  阿母おつかさん良さんにお帰へりお願つて下さい。
  何故ですか僕が居ては不都合ですかえ居てもわるひことはあるまい。
  福やお前から良さんにお帰へりお願つておくれ。
  貴嬢あなたは何おおつしやいます今までれ程お待遊ばしたのに叉そんなことおえお心持がおわるひのならお藥おめしあがれ阿母さまです阿母さまはうしろに。
  ここに居るよお千代や阿母さんだよいいかへ解つたかへおとつさん呼申もおしたよさあしつかりして藥お一口おあがりえ胸がくるしいあ・さうだらう此まあ汗お福やいそいでお医師様へお父さんそそこに立つて入らつしやらないでうかしてやつて下ださい良さん鳥渡其ちよつとの手拭お何だとゆ良さんに失礼だがお帰へり遊ばしていただきたいとああさう申すよ良さんおききの通ですからとあはれや母は身もきようするばかり娘は一語一語呼吸せまりて見るみる顔色青み行くは露の玉の緒今宵はよもと思ふに良之助起たつべき心はさらにもなけれど臨終いまはに迄も心づかひさせんことのいとおしくて屏風のほかに二足ぱかり糸より細き聲に良さんと呼び止められてなにぞと振り返へれば。

  

  
 

速読読書支援ソフト
芥川龍之介の小説をはじめ500冊以上を収録
速読読書支援ソフト
  好評発売中



ビジネスパック60
40種類以上のソフト プラス テンプレート etc・・・・・
とにかく凄いボリューム 490MB
6000円
と言う信じられない価格で好評発売中 

すっきりデスク 起動補助ソフト(無料)
ショートカットの代わりを果たす優れものです。
これ無しでコンピュータを使えないと言わしめたソフトです。
無料ですので一度使ってみて下さい。
ダウンロードはここ
ソフトは全て Windows版です。

  樋口一葉収録作品 (アイウエオ順)
  【ア行】
暁月夜 (1893年) 
あきあはせ (1896年) 
雨の夜 (1895年) 
うつせみ (1895年) 
うもれ木 (1892年) 
うらむらさき (1896年) 
大つごもり (1894年) 
【カ行】
經つくえ (1892年) 
琴の音 (1893年) 
この子 (1896年) 
【サ行】
五月雨 (1892年) 
さをのしづく (1896?年) 
十三夜 (1895年) 
すゞろごと (1896年) 
【タ行】
たけくらべ (1895年) 
たま襷 (1892年) 
月の夜 (1895年) 
【ナ・ハ行】
にごりえ (1895年) 
軒もる月 (1895年) 
花ごもり (1894年) 
反古しらべ (1896年) 
【ヤ・ワ行】
闇櫻 (1892年) 
暗夜 (1894年) 
雪の日 (1893年) 
ゆく雲 (1895年) 
別れ霜 (1892年) 
わかれ道 (1896年) 
われから (1896年)